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『深海のカンパネルラ』ネタバレ&役別雑感


ロデオ★座★ヘヴン
『青い童話と黒い音楽』ネタバレ雑感。


次は、「深海のカンパネルラ」のほうについて。
こっちは役別も一緒に置けそうです(笑


去年の10月に
「~R・O・Dversion~」を観ている『深海のカンパネルラ』。
今回は「~B & B version~」です。
結局BLUE&BLACKバージョン以外の意味が思い浮かばず…

物語の展開は「~R・O・Dversion~」と同じなのですが、
演出の違いで別の景色になっていました。
前回観た時のジョバンニ視点って感じでしたが、
今回はカンパネルラのほうに目がいくなぁって思いました。

でもカンパネルラ編ってわけじゃなく、
これはむしろ「先生編」だな、と。


昼公演のあと、
続けて同日夜公演のチケットを取ってた自分を一瞬後悔しました。
だって数時間後に、もうこれ一回観るのわけだよね自分! 
どう考えてもヤバいだろ! と。
好きなのに、幸せなのにツラい。頭がズキズキする。

マチネソワレ間、
感想をブログ書こうと思ったけど身動きできませんでした。
それこそ、文字にしてしまうことで貶めてしまうんじゃないか、と。
でもすごく、心身は満ちたりていました。


以下、役別雑感。

↓ ネタバレ&長文注意!



>ジョバンニ@山脇唯さん
彼女が『夜鷹無限上昇』の世界を
『深海のカンパネルラ』の世界に作り替えます。
文字通り、彼女がイスや棚などを座席の配置にするのです。

重たいものはさすがに女の子一人じゃあ動かせないので、
暗転中に誰か手伝ってるんでしょうけども。
その部分を暗転にすることで、
彼女一人でやっているように見せるのがイイ演出。
空想の世界が構築されていく時間を、感じられました。

しかも貼ってある蓄光テープ(?)が、
ぼうっと光ってるところが、まるで宇宙のようで。
カメラが「引いて」いるような印象を受けました。


カンパネルラと星を数える、繰り返しの時間。
回を増すごとに嬉しそうになるジョバンニと、
それに反して感情が消えていくカンパネルラの変化が、
個人的に見所でした。
星を指さしてピョンピョンはねるの、かわいい(*´∀`)



>カンパネルラ@船越ミユキさん
最初の「先生」が語ってるとき、
気づくと立ってるんです。
1回目はともかく、
2回目観劇の時は視界に入れてたはずなんだけどなぁ…
気配を消す時と主張する時、メリハリがついてます。

「カンパネルラ」のしゃべり方が少年だから…
ってのもあると思うのですけど、
ハキハキとしたしゃべり方とか、薄い身体とか、
身のこなしもとても格好良くて、
宮沢さんは一見、
星を見て思いを馳せるような少女には見えないのです。
そこがリアルというか。
友人はたくさん居ても、
趣味を同じくするお友達は作りづらそうだな~と。

だから、深海ちゃんに星を小バカにされたとき、
宮沢さんがプラネタリウムに
深海ちゃんを引きずっていったのは、
彼女にとって大きな分岐点だったんだろなぁと考えてました。
(いつも思うけど、
 この作品…池袋の劇場でやるとさらにブワッとくるよね)

「ちゃんとさよならを言う」シーン。
光に包まれて「やっぱりまだ死にたくなかった」とばかりに
顔をくしゃっとさせるのがね。
あの顔だけで宮沢さんの「経験してきた、あのころ」と
「起きるかもしれなかった、これから」が流れ込んできました。

先月に観た『青春ガチャン』が、ふと脳裏をかすめました。
「あのころ」と「これから」の狭間で、
この世から居なくなってしまった人が
「そこ」にとどまっているがゆえに
遺された人が、前に進めなくなっている話。

そっか、深海ちゃんが さよなら をするのと同時に、
宮沢さんも、
ちゃんと さよなら しなくちゃならなかったんだよな。



>車掌@牧座内音楽さん
役者さん、「まきざうちみゅーじ」さんと読むらしいです。

やっぱり、こちらでも朗読バージョンと同じく、
車掌さんが深海ちゃんの兄でした。
やっぱり狙ってそうしてるのか…

というかお兄ちゃん、妹に片乳首見せて遊んでたので、
一瞬、彼が山主さんで
私がリーフレットを読み間違えたのかと思いました(笑


蠍座のくだり、ジョバンニ達に話してるようで、
実は「先生」に話してるんじゃないかなぁと思いました。

そりゃあの話は、まぁ「先生」が書いたものなんですよ。
でも、なんだろう…やっぱり私は
「創作物は作者の欠片でできている」と思っているので、
車掌さんにもジョバンニにもカンパネルラにも
「宮沢賢治」が宿っていると思うのです。
誰かに向けたメッセージは、
巡り巡って自分に言いたい事なんじゃないかな、って。



>先生@澤口渉さん
ジョバンニとカンパネルラをつかず離れず見守る、
帽子の先生。
ロデオ旗揚げの『セレンディピティ』の時にも感じた
渉さんのストイックな雰囲気と、
今回の役がとてもぴったりと合っていました。

今回の「先生」。
喋ってるのを聞いたらびっくり。訛ってました。
その分、とても人間くさくて優しい先生。
「訛り」って、言葉と地域性の融合っていうか…
より話しやすいように、変化していくもの。
歴史というか、
人の生きてきた軌跡を感じるものだなぁと思うのです。
「銀河鉄道の夜」った、宮沢賢治。
そこに至るまでの彼の生きていた軌跡を乗せて、
渉さんは「先生」を演じていたなぁと思いました。

私の解釈ですが、
「帽子の先生」は宮沢賢治そのものというか、
彼の一部分なんだけど、
ずっと秘められていた彼の思いの結実なのかなと。
だから言い方によっては
宮沢賢治そのものなのかもしれないんだけど…
ううう、書いててわけわからなくなってきた。


「…そういう人に、私はなりたかった」と言う先生。
彼は作者・宮沢賢治であり、
同時に「銀河鉄道の夜」に乗り続ける旅人であり。

そのシーンで、照明が彼の帽子から下を闇で覆いかくして、
まるで彼の「個」が物語の中に、孤独な空に、
それこそ銀河の中に溶け込んでいくような感覚になってたのです。
色々な感情がブワッときて、過呼吸起こすかと思った…



そんでもって、2本の作品をつなぐエンディングですよ。

たったひとりで座る先生の周りで、
「銀河鉄道の夜」の本(だよね?)を読んで「生きていく」人たち。

光が降りてきて。
先生は帽子を目深にかぶって、その手を震わせます。
報われている、わかってもらえてるんだなぁ。

その、渉さんの無言で饒舌な仕草を見て、
私、泣きすぎて劇場で気絶するんじゃないかと思いました。




似て異なり、繋がりがあるような繋がっていないような二つの作品。
「分かってほしい」と思い続けた二人の「先生」。
演じていたのはロデオの二人。

twitterにも書いたけど、
ほんと、他に予定入れてなかったら、全通した!
それくらい何度も何度も何度も何度もあの場所にいたいと思った公演でした。
本当にあれは「公演」だったのかな。
それくらいに、身体に心にしみこんで来ました。


本当にいい人たちに出会えてるなぁ…ロデオも、そして自分も。

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Comment

[236] >鷹雄先生

鷹雄先生、コメントありがとうございます。
一言ずつかみしめるように、
読ませていただきました。
読んでる間、音楽が聞こえたって言って下さって、
とても嬉しいです。
あの場所で先生に会えて本当に良かった!

宮野さんにも、
きっと先生の答え届いてると思います(ノД`)

[235]

本当に本当にありがとうございます。
最後「いつだってここにあった…」と思えたのは、宮野、高島、蜂谷、大熊、かなこ。して、らそれを見届けてけてくれた皆様の存在があったからだとおもってます。
素敵な時間をありがとうございました。

この文章を読んでいる間、確かに音楽が聴こえました。

「宮野さん。音楽、聞こえてますよ」笑

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