『エル・サボタージュ』役別雑感 3

役名は表記ありませんが大橋祐子さん、
小橋さん、島崎さん、竹原さんも出演。

むしろあの世界での名前を残されてない彼女たちこそが
『エルサボ』の世界観を深めているように思えました。


2回の観劇では、
彼女たちまでなかなか見届けることができず。
やっぱり最近の西田さんが書く脚本は、
まいくろは3回くらい観て、やっとこさ…と思いました。


これでラストだ、役別雑感。


↓ ネタバレ注意!



>エヴァ@今泉さん&横倉さん
ヒットラーの愛人さん。
身の回りのお世話をしています。

祥子さんは、たばこプカーッとする極道の妻なエヴァ。
(最近の祥子さん、アバズレ系似合いまくり…!)
横倉さんは、見下し目線がたまらない女王様エヴァ。
個人的な印象としては、
横倉さんエヴァは
ヒットラーを陰で操ってたりとか一切なくて、
純粋に慈しんで愛してそう。
祥子さんエヴァは愛もあるけど、野心を感じました。

ヘルマン・ゲーリングとの言い合いがね。
ビリビリします。
ヒットラーの「特別」は自分だ、って
お互いに主張しあってるのです。

「私に何かあったら、(犯人は)あなたよ。
 そう遺書に書くから」
とヘルマンに言い捨てる笑顔! 妖艶!
もはやこれ女の戦いじゃね? という思いが頭をよぎったり。



>ヘルマン@村田洋二郎さん

愛が重い…以上(笑

ヒットラーが、ゲリを失ったのも1931年の秋。
ヘルマンが、最初の妻を病で失ったのも1931年の秋。
似たような時期に似たような傷を負った、
ということで
誰よりもヒットラーに近い存在であると自負しています。

敗戦の責任をとり、おそらく処刑されたんでしょう。
夜公演ではそのシーンでの登場時に髪が乱れていて、
ヒットラーに命を捧げる決意を胸に、髪をくくってました。
昼公演は最初から髪しばってた気がしたんですよね。
夜公演の演出の方が、まいくろは好きでした。



>アドルフ@佐久間祐人さん
メガネが似合ってない、「教会」のお世話係。
キャスト表見て、
アドルフだからヒットラーかと思いきや、
実はアドルフはアドルフでも
アドルフ・アイヒマンのほうでした。
(Wikipediaで見た、彼もちゃんとメガネをかけています)

「人間は幸せでなくてはならない」でしたっけ。
この言葉をどうとらえるか…みたいなくだり。
人間=アーリア人 と解釈するか、
人間=ユダヤ人含め と解釈するか。
クオリティオブライフ、尊厳死…という言葉が
まいくろの脳内をぐるぐる。

情を持ち、あえてそれを捨てたアドルフ。
壊れる前に壊す、というのは、
ヤコブに自分を守る術を教えていたのかなぁ…



>ハイドリヒ@一内侑くん
ラインハルト作戦の中心人物。
作戦名に、自分の名前を賜りました。

冷たい人、ということで。
妻に対してもデレないところがね。徹底してます。
ヤンデレ寸前のヘルマンを
「閣下」という言葉だけで諫めるところとか、軍人ですなぁ。
でも、優しさが欠落してるわけじゃなくて、
部下のヤコブの頭をぽんぽーんってする、
いいアニキ的なところもあります。

妻のリナさんに、選択を迫るときの口調。
さすがの冷たさだ…
あぁでもね、妻を攻撃してる感じはないんです。
「君も最低な人間だ」のくだりは、
シスターの演じるレクリエーションと似た構図です。
相手が自分の鏡になって、本心をえぐり、引きずり出す。

前半、チェコなまりのヤコブくんとの会話で、
若干なまりがうつりそうになっているような気がして、
ちょっとドキドキしてしまいました(笑
頑張れ、冷静冷徹ハイドリヒ。



>リナ@浦田さん
ハイドリヒの奥さんで、ジャーナリストです。
ジャーナリストのユリウスと密かに協力して、
ナチス政権…というかヒットラーの失脚をねらってるようです。

「ジャーナリズムで世界を救う」
という目標に燃えていますが、
義理の弟である、ヘッセの命が最優先。
そのために、悩み抜いて夫すら告発しようとします。
んで、夫に
「弟一人助かるなら、何万人死んでもいいんだな」
と突きつけられ、がくりと膝を落としてしまいます。
「ジャーナリストとしての自分」が崩壊した瞬間。
これが、善と悪が表裏の「人間」という生き物。



>ユリウス@平野雅史くん
ユリウス・フチーク。
「絞首台からのレポート」の作者だそうです。
葉巻の紙に記した記録を、
『エルサボ』ではヤコブが持ち出しました。

書いては破かれ、書いては破かれ。
それでも「書くのが誇りなんだ」というユリウスは
傷だらけで瀕死で人間の尊厳をはぎ取られていたけれど、
生き生きしてました。

最近の中で、一番好みの平野くん。
ヒゲで、Yシャツスーツで、
傷だらけでも笑顔絶やさない所もポイント高いですよね。
「間男にでもしといてください」で、
劇場内で何人の女子が
「します、します!」と脳内で叫んだのだろうか(笑

軍に捕まって、拷問されて。
それでも笑みを絶やさなかった彼が、
妻を連行されたと知ったときに見せた怒り、ズガンと来ました。



>フィリ@田中良子さん
「ジュリアンの教会」のシスター。
アドルフから、教会にいる子供たちの名簿を渡されます
そこには、
ユダヤ人とそうでない者が区別されて書かれていました。

ユダヤ人の子供だけを収容所に送るか、
それとも、全員送るか。
それとも、危険をおかして全員逃がすか。

なぜ、アドルフ自身が選別しなかったのかという話。
たぶん、フィリの為だったのかな。
どう転んでも彼女が傷つくことにかわりはないけど、
せめて自分の意志で選択する機会を…みたいな。
決して、アドルフは「投げた」わけじゃないと思います。


グランデの言葉に
「教会に【してくれて】…」とあったように、
「ジュリアンの教会」は実際にはそもそも教会ではなく、
フィリ自身も洗礼を受けているかどうか怪しいです。

フィリという女性は、シスターを演じていたんだろな。
子供たちにレクリエーションを提示するずっと前から、
彼女は演じ続けていた。
まいくろは、そう思ってました。

最後の一人が去って、戦争が終わって、
立ち並ぶ墓石に囲まれながらの彼女の表情が、
たまらなく胸を打ちました。



>修道士@石井寛人くん
そんなフィリをずっと見守っていたブラザー。
傷ついていく彼女を止めるでもなく、妨害するでもなく。
ただ、ただ見守ってくれていました。
そして彼も傷ついていったのだと思います。

レンだったかな…?
「ブラザーに言いつけてやる」みたいなセリフがあって。
「ブラザー!?」と一瞬戸惑いましたけど、
女性はシスターだから男性はブラザーでいいのか。


ラインハルト計画は、
ユダヤ人を隔離施設から収容所に送って殺す作戦のこと。
「ジュリアンの教会(移転前)」は隔離施設で、
収容所に移ったときも子供たちには
「教会が移動した」と説明してたみたいです。

冷静に自分の現状をとらえれば
「収容所」という結論に行き着く子は居たはず。
(実際、黙ってたけどドッキは気づいてたみたいだし)
それでも、「ここは教会だ」と納得してしまう精神の構造が、
精神的に監禁されてた『四谷怪談』の一家とダブります。


最初ね、修道士は「死」のイメージで、
実在の人間じゃないと思ってました。
でも、子供たち
「はい、ブラザー」って普通に返事してたわ(゚∀゚;




エンディングの、
シスターをかこんだ子供たちとのシーン。


隣の人の名前を書き、
書いた紙を二つに折って、祈りを込め、相手に渡す。

中身は見ちゃダメ。

今、自分が手にしているのは、
隣人が書いてくれた「私」の名前ということになりますね。

隣人が、
「私」を「私」として見ていてくれれば、ですけど。


中身は見ずに、
隣人が私の名を書いてくれたと信じ、
私に祈ってくれたと信じ、それをお守りにして生きていく。
この一連のシーンは
「隣人を愛する」を、
西田さんテイストでイメージ化しているのだと解釈しました。



その中身をのぞいてしまったのはエル。
エル、には神という意味があるんですよね。

作中のエルは人名なのかもだけど、
このラストのフレーズの「エル」にだけは、
「神」のニュアンスがあるのかもしれないな、とか考えました。

だって、白紙だったんでしょ。


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(画像は7年前に描いたものです)