『四谷怪談』ネタバレ雑感

もう一週間になるのに、なかなか浮かび上がれません。
頭の中、がんがん流れる劇中歌。ヘビーローテンション。
まいくろです。
(自分でレンタルして聴いてたから自業自得なんですけど)

『四谷怪談』観劇してもう一週間経つんですよね。
イープラスでミュージカル『走れメロス』の先行も始まってるし。
良子さんと佐久間さんも出演決まりまして、
だからファンドレ先行期間があったのかなぁ、と。
でもやっぱり抽選らしいので、イープラも応募しておきました。

ファンドレ会報誌(?)の「KAWARABAN Z」も届いてます。
全体的に
バカドレのページの本命くんが、
佐久間さんとたいして変わんない年齢に見えるんですけどヽ(゚∀゚;
鼻眼鏡じゃないはずなのになんか鼻眼鏡かけてるように見えるし…
先週のヒゲ直助のほうが若く見えたよ! 
「役者は化ける」っていうけど、これは化けすぎです!(笑
でも好き! ←
同ページの石井くんの写真が、
ポーズ・目線ともにABUNAI感じが出ていてイイと思います。(褒めてる)


『RE-INCARNATION』ページでは貴重な楽進の全身像、
『Re:ALICE』ページではキュートなアヒル口を披露してくれています。
癒されつつも…次、いつ観れるんだろうなぁ、とも思ったり。


さて『四谷怪談』、思い出しつつ雑感。


↓ ネタバレ注意!


この物語はタイトルこそ『四谷怪談』ですが、
伊右衛門とお岩さん、そして赤穂と吉良の時代とのほかに、
「北九州監禁殺害事件」という、
実際に起きた凶悪事件も題材にされています。

初日に、誘惑に負けてツイッターで感想を探してしまい、
ネタバレはされてないけど「やばい事件が絡んでいるらしい」
ということを読みとりました。

目に付いたのは 「凶悪」「残酷」「監禁」などという文字。
そして出演者に『安穏 目吐露濃霧』の鶴ちゃんがいる。

最初は、9年以上もの間少女を監禁した
「新潟少女誘拐監禁事件」
とか、
「女子高生コンクリート詰め殺人事件」などを想像。
(もしも後者が題材になっていたら、
 私は一回観て自宅に帰ってしまっていたかもしれない)

んで、また2日目に感想ツイートを探してみました。
そしたら、「洗脳」「通電」という字が飛び込んできました。
それで、「北九州監禁殺人事件」だと確信。
昨年に犯人に最終判決が下りまして。

そう、実は割と最近の事件だったりします。
こっちも、非常に胸糞悪い事件。
ネット検索するとルポ的な記事が多く出てきますが、
淡々と書かれていればいるほど恐ろしい。


でもたぶん『四谷怪談』で見せかったのは、
「イカレた、残酷で狡猾な犯人」じゃなくて、
「人を思う故に、最悪の事態を呼んだ者たち」
だったんだろうなぁと。
これは、江戸時代パートの時も現代パートの時も同じ。


関連あるような二つの時系列が交錯するお芝居。
上記の殺人事件を扱った現代パート。
そして大石内蔵助と赤穂藩の面々、
伊右衛門&お岩夫妻が生きる江戸時代パート。

どちらの時代でも、
どこで間違ったのかなんとなくわかってるのに、
自分の「一番始め」から目をそらしている人たちがいます。
他の人のせいにして、見ないふり、気づかないふり。
相手を思いやる言葉が、逆に働いてしまう点も似てますね。



現代パートは佐久間さん演じる「椿」の、
裁判の陳述シーンと証人への面談シーンが混じり合う感じ。
あいだあいだにでてくる悲惨な事件のあらましは、
証人・容疑者達の回想や、
椿によるイメージ再現という位置づけかな。

現代パートに出てくる良子さん。
パンフレットには「柵端」という名前になっています。
心理カウンセラーみたいな感じ?
初回観劇時は「少女Aの良心の呵責・理性」が、
人の形を取ったものかと思ってました。
「咲く花のように儚くも、闇が好き」というセリフから、
「柵端」は「サクハナ」と読むのかなぁと勝手な想像。

作中で呼ばれない人の名前も正式名称で表記するのは、
とってもウェルカムなのですが、
見終わった後みんなで語れないので、読み仮名がほしい(ノД`)
名前は、口に出して呼ばれるためにあると思うのです。
作中で呼ばれない分、
終演後に口に出してを呼びたいと思うのは野暮でしょうか。



江戸時代パートは、
お岩さんという女性を巡る、人々の愛憎劇。
夫である伊右衛門への愛。
馴染みである大石内蔵助への愛。
自分への愛を隠せないでいる、清水一学への思い。
実の娘「くう」への愛、くうの養母「りく」との関係。

お岩さんの心は、きれいでした。
しかし自己犠牲的、とも見える優しさでした。
今回の『四谷怪談』にでてくる愛は、
「傷つけてでも手に入れたい」的なものが多く見受けられます。
お岩さんは、
愛憎の「憎」の部分を避けていたように思えました。
自分が我慢すれば、自分が身を引けば…みたいな。
それが巡り巡って、
知らず知らずの内に毒薬を飲む方向へ進んでしまった、という感じ。
心が美しいが故に見た目が醜く変貌してしまったという、
ちょっと皮肉な話。

でも、そんなお岩さん、最終的には報われたと思います。
一番そばにいたい人から「きれいだ」って言ってもらえて、
「私は幸せ」って言えて。
江戸時代パートだけ考えれば、
今までのアンドレ公演っぽい話だったと思います。



あのね、現代パートはもう、西田さんが怖い。
コレに尽きます。以上。

…というのは言い過ぎですが、ほんとそんな感じ。
申し訳ないけど観劇中の自分、
ものすごい憎んだ目で「容疑者」観てたと思います。
お芝居なのはわかってるけど、
ドレメンさん達なんだってわかってるんだけど、
事件の概要を知っているだけに、
今回は描かれていない虐待部分も見えてしまって…。

初回観劇が裏側で、
「只野と寝てないよな?」の目がばっちり見えてしまってね。
瑠璃子役の祥子さんもよく立ってられるなぁと思うくらい。
合計4回観劇しましたが、
あとの3回は 正面奥 → 上手通路側 → 裏やや下手 と、
西田さんの「あの目」が見えないところばかり座ってました(笑
ほかの場面のニコニコ脅しとかは平気なんです。
真っ向からキレてるのだけがイヤで、つい。
(でも本命くんが見える位置はかろうじてキープする狡猾さ)

とにかく一番始めは「容疑者」なんです。
でも、そこに本命くんが演じる入江がついていて、
平野くんが演じる田宮も背中を押した形で。
そして、出会ってしまった。

現代パートにも、登場人物それぞれが「人」に戻れる分岐点が、
いくつかあったと思います。
只野が死んだとき、瑠璃子が妊娠したとき、
瑠璃子と田宮が逃げたとき。そして隆が理恵を殺したとき。
実際に、田宮は戻ってますし、
瑠璃子も戻ろうとする気配は見えてたりします。
そこに絶妙なタイミングで鎖が縛るんですよね…。
このとき客席中から感じる「絶望感」ってヤツがすごくて、
お芝居的には大成功なんだと思います。
カーテンコールで西田さんが、
「お前もう出てくんなオーラが云々」って言ってたけど、
もう、そんな感じでした(笑

でも一の子分(?)である入江も相当にヤバい! と思います。
完全に洗脳されているというより、その素養があるって感じ。
「容疑者」ほど天才的な危機脱出能力は無さそうだけど、
相手を「人」として見てないってところがほんとにそっくり。
(全然謝罪の意思はないけど)ゴメンネポーズを取るぶん、
江戸時代パートの役、直助のほうがまだ救いがあります。
「つーでん、つーでん♪」のあたりから始まる飲み会芸も、
本命くんなのに…私はほとんど笑顔になれなかったヽ(T△T)ノ



今回は、舞台装置も怖かったです。
上からつるされているトルソーは7体(犠牲者の数)。
「解体」の途中っぽくて恐ろしさ倍増。

判断力を失っているから、頭がない。
対抗する「手」もない。
逃げ出したいのに逃げられない、囲われた足。
心を縛る監禁だから、トルソーを囲う檻には格子がついてない。
…って雰囲気も感じました。
物理的に閉じこめてるわけじゃないってこと。
鎖でつないで風呂場に閉じこめてたのは、
「最下位」の人だけでしたよね。
そういえば、みんなお風呂どうしてたんだろう? 銭湯?


劇中歌も照明も、印象的な使われ方。
明るい音楽なのに、舞台が明るくなるのに、
行われているのは絶望的なシーンだったり。

1シーンにだけ使われた曲が一番印象的です。
ちょっと半音ずれたような曲調と、
「切ない片思い…」ってな歌詞がその時の隆に合ってるから、
ってのもあるのかもしれないんですけど。

でも、その曲が大音量でかかる中、壊れた隆が歌うのは、
作中にも曲名が出ていた「野生の風」なんですね。
あれは部屋でいつもかかっていた、「容疑者」の好きな曲。
監禁(軟禁?)の期間、ずっとかかっていた曲。
妻を自分の手にかけて、平静を失って。
口をついてでたのが、その音楽ってのがね。
それより前の時間には、彼の心は戻れなかったんだなぁ…と、
まいくろは思ってしまいました。



実際にあった事件をモチーフにしたものじゃなくて、
完全オリジナルの事件だったなら、また違う印象を受けたし、
心的ダメージも小さかったんだと思います。

「コレは実際にあった事件だ」というのが頭をチラついて、
純粋に舞台の上を見ていられない。
「その向こう」を見てしまうんですね。
そして私は心を閉じて現代パートを観る、というわけ(゚∀゚;

現代パートは現実に一番近かったがゆえに、
現実を切り離さないと観ていられませんでした。
現実と繋がる扉はわかった、でもその扉を私は無視しました。
終演後に家族のことを思い出さなかった公演は初めてです。
これが良い事のか悪い事なのかはわかりません。


私はアンドレの公演には「救い」を求めている節があって、
壮大なフィクションの中から、
「自分の現実に持っていける思い」を探しに行っていました。
今回は、そういうのを作中に求めるんじゃなく、
見終わった自分の中から探さなくちゃならなかった。
大変でした。
私は、「ない」ものを「ある」ような顔して生きていましたから。
(実際には「ない」んじゃなく、「少ない」だと思うんですが)

変わらないモノなんて無いし、
変わっていくことは悪い事じゃない。
できるならそれを見届けていきたいし、
自分もあわせて変わっていけるなら幸せなんだと思いました。
私はスロースターターのケがあるので、
すぐには追いつけないかもしれませんが…いつかは。

そんな『四谷怪談』でした。

スポンサーサイト

Comment

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

Trackback

http://maikuro96.blog90.fc2.com/tb.php/883-a2b3dff6

«  | HOME |  »

最近の記事


カテゴリー


リンク

このブログをリンクに追加する

ブログ内検索


プロフィール

まいくろ

Author:まいくろ
ついったー:maikuro9696
(画像は7年前に描いたものです)