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『ファンタスマゴリア』ネタバレ雑感

先月末の土曜日は通常出勤扱いで一日仕事に専念し、1・2・3と連休。
観劇→ショッピング→爆睡 と、理想的な過ごし方をしていました。
まいくろです。

拍手&コメントありがとうございます。

なんと… ∑(゚д゚ )
気が変わってくれないかなぁ(笑
なんて考えつつも、通販考慮で行ってみようと思います。



さて、劇団少年社中『ファンタスマゴリア』ネタバレ雑感です。

少年社中は、前回公演『ロミオとジュリエット』に引き続き2回目の観劇。
そのときに、もう既にこの『ファンタスマゴリア』のチラシも入っていました。

「扉をあけてごらん。ぼくの未来を君にあげよう」

このキャッチフレーズに、もろに喰いつきました。

そういえば「扉を開ける」という言葉は、
先々月くらいにお世話になった(『ムーラン・ドゥ・ラ・ギャレット』)フレーズ。
ふと懐かしさを刺激されますね。

んで、本題。
食いついたのは後半「僕の未来をあげる」という言葉です。
まいくろはそこから、夫婦愛とか親子愛みたいのを感じ取り、期待したのです。
「僕」のかわりに、「君」が生きていく…みたいな展開を。

この予想が、的外れでもなかった『ファンタスマゴリア』。
希望がある話、大好き。




 ネタバレ注意!

1900年、パリ万国博覧会でのこと。
「不死身の脱出王」奇術師ハリー・フーディーニが、
棺からの脱出ショーのさなか、その消息を絶ちました。
フーディーニの友人であり、
ショーの立会人でもあったコナン・ドイルに、棺の鍵を渡したまま…

ドイルは、
名探偵シャーロック・ホームズに、フーディーニの捜索を依頼します。
フーディーニはショーの途中で、何者かに銃撃されており、傷を負っているのです。
早く見つけなければ、彼の命が危ない。

時を同じくして、ホームズのもとを訪れた3人組。
世界初のデパート「ボンマルシェ」のオーナー夫妻と、そのフロア長。
フーディーニから貰った立体写真銃を動かす鍵を探して欲しい、と縋りつきます。
鍵の特徴を聞いてみると、
ドイルが手にしていた鍵のそれと一致するようですが…?


さて、時は流れ。
時は2000年、ニューヨークのとある部屋。
翻訳家の女性と、同居人の霊媒師が暮らしています。
そこへ、コナン・ドイルの孫と称する男性がやってきます。
依頼は「祖父が書いたこの文章を翻訳し、私に読みあげてください」とのこと。

翻訳家は依頼人の前で、翻訳した文章を音読します。
「…時は19世紀末、1900年」
「世紀の魔術師、ハリー・フーディーニの奇跡の脱出ショー」
「事件は、そのショーのさなかに起こった…」

100年の時をつなぐものは、愛情。
彼女から彼へ。彼から彼女へ。僕から、君へ。
未来を見ようとした人たちの物語。




本編を見る前に、パンフレットを買いました。
読もうかと思ったんですけど、なんとなく読まないまま観劇。
結果として良かったのかも、と思います。
彼女の薬指に指輪とか、鏡像じみた2人の女性とか、扉の前の2人とか。
はっきりじゃないけど、ヒントになってしまいそうだったので。
(しかし勘が悪いまいくろのことですから、見てても気づかんかったでしょう・笑)


この作品の面白どころは、ホームズとワトソンの存在です。
ドイルが空想した探偵とその助手ではなく、
実際に彼らは生きていて、出版代行人をドイルが引き受けているという設定。
19世紀は空想や、想像力がキラキラしていた時代。
そしてその夢のようなものを実現させようと、技術や経済が発展した時代。
19世紀の色を端的に表現した素敵な設定だと思いました。

このホームズがね。
コカイン中毒で、ヴァイオリン演奏を好み、馬術に長け、
日本の武術バリツ(=柔術?)をたしなんでいるという、
文字にすれば既存ホームズ像なのですが…設定の生かしたかがオカシイ(笑
推理を否定されるとヴァイオリンを演奏し、
演奏を終えると否定した人を攻撃しようとするホームズです。
車で逃走する窃盗犯を馬で追いかけ、モンゴリアンチョップをかますホームズです。

しかも、演じる役者さんが坊主頭である事をすっかり忘れていたまいくろ。
(だってチラシでもボブヘアだったから、つい!)
長髪のヅラをバサッとはずし、
ワトソンに渡してたところでプルプルしてしまいました。
そのワトソンもワトソンで、
そのヅラをレストランのボーイのように腕にかけてるからヒドイよ(笑

ホームズといいコンビなワトソン。
助手として、友人として、ホームズを助けます。
ホームズをドイルに紹介するところや、客席いじりに近い暗闇のシーン、
カーチェイスのクラッシュっぷりはホームズ以上に素っ頓狂です。


で、ホームズに依頼を持ってきたドイル。
史実どおり、霊媒や妖精などを信じています。
(ANDENDLESS WS卒業公演『WHITE WHITE SCARECROW』が懐かしい!)
霊媒などを信じないフーディーニとは友達ですが、そこだけは交わりません。
クライマックスが近づくにつれ、ドイルの思惑が少しずつ少しずつわかってきます。
「ブラボー、見事な推理です」のところと、
「だから私は書き続けようと思います、まだ見る事のない明日の話を」が、
すごいグッと来て、好きでした。
『ロミジュリ』の彼より、『ファンタスマゴリア』の彼のほうがまいくろ好み。


そうそう霊媒。
この作品では 霊媒 というキーワードが重要な位置を占めています。
デパート「ボンマルシェ」のーオーナ婦人マルグリットも霊媒の心得があります。
霊の声を聞き、霊と語り、経済の未来を見て商品を仕入れる…という手法で、
「ボンマルシェ」は世界一のデパートになりました。
もう死んでる人たちの声を聞いて、どうして未来が見えるんだろう?
という疑問を抱いてしまいましたが、
死後の世界は時空を超えたところにあるんだろうって事で自己完結。

「子供が出来ると霊媒の力が消える」ということが発覚するタイミングもいい感じ。
霊媒マダム@マルグリットの夫、
アリスティードのHETARE→頼りがい満点ダンナ様への成長っぷりも見所です。
「るるぶロンドン版で調べておいたよ」って、サラリ言ってたけど…あるのか?
(しらべてみたら売ってました! しかし、1900年にはどう考えても無いッ!)

「ボンマルシェ」フロア長のジャン。
婦人のスカートの裾を持ってたり鞄を持ってたりしてたので、
てっきり召使なのかと思ってたら、フロア長に昇進したばかりだったそうです。
コメディバタバタっぷりとか、
ちょっと空気よめてないところとか、パンフのあの顔とか…
某○○くんを髣髴とさせる愛らしいキャラクターでした(*´∀`)
誰かの面影を重ねるのは、
ジャン役の役者さんには大変失礼な観劇姿勢なのかも…と思いつつ。
私は、太い眉毛とくりんとした目を持ち、目と眉の間が狭い顔が好きなようです。
彼は『ロミジュリ』ではシリアスな表情を見せてくれましたが、こっちでは終始コミカル。
付け髭まで装着しての鍵奪取大作戦、失敗に終わる(笑


2000年の人々には、特定の名前がありません。
それは物語上で、重要な要素。

「依頼人」は、
『ロミジュリ』に引き続きねちっこくて胡散臭い喋り方がお気に入り。
今回は衣装も胡散臭くて、クライマックスはもう…ああ! なんてこった! でした。
原稿を音読してほしいなんて依頼してくるものだから、盲目なのかと思ってたのですが。
ある意味、見えてないわけだからあながち間違いでもなかったか…。

「同居人」は自称霊媒師。
仕事が有るんだか無いんだかって感じです。
クライマックスの彼女の重大発言で、謎がくるりと答えに変わるのです。
記憶が無い「翻訳家」の女性を抱きしめるシーンは、
抱きしめられた方の表情も相まって、なんかポワンと暖かくなります。


「翻訳家」の女性には、昔の記憶がありません。
これといった収入も無く、
アヤシイ男が持ってくる「英語を英語に翻訳する=書き写すだけ」という、
これまたアヤシイ依頼に飛びつきます。
そして、その原稿の内容に魅かれていくわけですが…

昔の記憶が無いにもかかわらず天真爛漫な彼女。
未来に希望が見えるからなのか、暗い過去を思い出さなくてもイイからなのか。
その謎は本編ですっきりと明かされました。
彼女こそが奇術師ハリー・フーディーニの妻。
「シックスセンスかよ!」という言葉が口から出そうになったのは内緒の話です。
彼女を基点として、現代と100年前がリンクする演出が、
「これは舞台じゃないとね~」と心から思えるほどに鮮やか。
ひとつの部屋で起きる時空転換が、心地イイです。


ハリー・フーディーニ。
この作品の起点であり終点である人です。
愛する人を愛しすぎていたゆえに、未来を見失った男。
「私の奇術は魔術ではない。それ故に本物なのだ」
偽りの未来を見せるイカサマ師を嫌悪し、虚構を暴いてきたフーディーニ。
それが原因で、愛する人を失ってしまいました。
未来を見せることを生業にしながらも、誰よりも未来を渇望していた男です。

「半分大人の少年か、半分子供の大人が、
 ひとときなりとも楽しめればと、下手な趣向を凝らした次第」という彼の口上、
この時代の人々そのものでもあり、自分自身のことでもあったのでしょう。
ラスト、光の中で輝かしい未来を語り続けるフーディーニ。
栄光と希望に満ちた姿はとても印象に残りました。

フーディーニを演じた役者さんが、
前回、今回ともにお目当てとして観に行った井俣氏。
喜怒哀楽、愛憎てんこ盛りで、見応えありました。
来年の1月に、別劇団で長宗我部元親を題材にした舞台があるんです。
(2008年の時、情報は知ってたけど予定が合わず断念…)
今回こそ観に行こうと思ってたら、どうやら井俣氏も客演されてるそうで。ひゃっほう。


タイトルでもあり、フーディーニが奇術を行なったパビリオンの名前でもある
「ファンタスマゴリア(Phantasmagoria)」には、

1.幻灯、目の錯覚
2.走馬灯、一連の幻想
3.めまぐるしく移り変わる光景 

という三つの意味があるそうです。
1の意味は、フーディーニの職業の隠喩になりますし、
2の意味は、物語の根幹に関わってきます。
そして3の意味は、19世紀という時代そのものを想像させてくれます。
「人々は、未来を創造する力を失い始めている」とフーディーニは語っていました。
作品を観終わったとき、
秀逸なタイトル、秀逸な作品だったなぁ…と、思ったのです。

少年社中の作品『カゴツルベ』や『ロミオとジュリエット』のパロディもあったようで、
ネタが分かる人はより楽しかったようです。
『ロミジュリ』のパロディは、小道具が同じだったこと&その用途が同じだったこと(笑


今回の観劇も千秋楽でした。
カーテンコールで役者紹介があって、
実はまだ若干区別がつかない感じだったので助かりました。
今回『ロミオとジュリエット』でロミオ役をされていた森大さんは出演無しだったのですが、
やはりカーテンコール中に物販隊長として呼ばれて堂々の登場。
ロミオときよりも、さらにワイルドな感じでした。

次回公演は2010年2月末。
タイトルがまた気になる感じなので、
作品内容と予定次第で、観にいってみようかと思います。
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