『i/c』観劇感想(ネタバレ)

『賊』感想に拍手が物凄い来てて驚きです。
ありがとうございます。

ダースなのに9粒入り。
なんか釈然としませんがこれ以上高額になると手が出ない。
悩みどころですなぁ。

まいくろです。



innerchild  『i/c(アイ・シー)』 ネタバレ観劇感想です。
11/22夜、23昼と観劇してきました。

劇場は吉祥寺シアター。初めて行く劇場です。
なんと、折り込みチラシにアンドレチラシがありました。なんか感激。



まず、『i/c』自分なりのあらすじ。


主人公「ツバサ」は、鳥恐怖症(オルニソフォビア)に悩んでいました。
その理由は、幼い頃の経験から。

ツバサが生まれる前に消息を絶った父「タケル」の書斎で発見した、古い写真。
数々の写真の中の一枚に、
鳥達が肉をついばんでいる様子を撮影したものが有りました。
写真の裏に書かれていたのは “シロー すべては 翼に託す” という文字。
恐怖ですくんだツバサに、母「ユージュン」は言います。

「…それが、あなたよ。」


母の死を境に、どんどん酷くなるツバサの鳥恐怖症。
日中ですら幻覚に悩まされる日々。
妻「ミサト」、息子「シロウ」とも、気持ちがすれ違ってばかりです。

母の葬儀を終え、息子に例の写真を見られてしまったツバサ。
この写真についてを尋ねる息子に、なんら答える事ができませんでした。
ツバサは、発作的に家を出ます。
家族を放り出して。母の初七日も待たずに。

行くあては、父が撮影した写真たちに写る土地。
写真の裏に書かれた地名を頼りに、ツバサは旅をします。

旅の始まりは、逃避でした。
ですが、いつしかその逃避は、
若き日の両親が日本にたどり着くまでの旅路を逆に辿る、
「自分自身」を求める癒しの道行となっていくのです。




あらすじ終了。

以下、ネタバレ雑感。
また、長々です。


↓ ネタバレ注意!




まず、衝撃だったのは主人公「ツバサ」がわりとオジサンだったこと。
地位も課長とかだったし…うーん40歳くらい?
チケット予約当時、公式サイトにあった規格趣意書を読んで、
勝手に ツバサ=25歳くらい と想像していましたのでビックリでした。
あくまで規格趣意書なので、実際の展開はだいぶ違いましたね。

ツバサの母は中国人。父は日本人です。
ツバサの妻も韓国人。

困ったことに、この妻「ミサト」とツバサの息子「シロウ」は、
時々韓国語をしゃべるんです。
さらに、ツバサはアジアを旅する展開になるのですが、
旅先でも登場人物たちが英語やヒンドゥーやチベット語で話したり。
英語は学生時代に習った記憶が最後のまいくろ。
チベット語、ヒンドゥーはもちろん、
韓国語の知識など全く無い自分は大混乱です。
何度も「えっ、なんか重要なセリフ聞き逃した!?」とハラハラ。
取っ掛かりで躓いて、不安が頭をよぎりました。
見てるうちにグイグイと引き込まれていくので安心。

ちなみに、当日販売してたノーカット版台本では日本語訳が載ってました。
ああ、コレは意味分かると面白いけど、
意味わかんなくても話の流れに支障は無かったかなぁ…

で、考えたんです。
あれはきっと、主人公ツバサの疎外感…いや、
ツバサの、他者への興味の無さを表現してる意図もあるんだろう、って。
『i/c』はツバサの旅がメインですから、メイン表現は、
「ツバサが見たり聞いたりした事を私たちが客席視点から観ている」と解釈してます。
その視点で言語が日本語にならない=一瞬で理解しづらい というのは、
ツバサの心情がそういう位置にあるからだって事だと思いました。
特に妻と息子に関しては 家族になりきれてない ということの表れもあるかな~って。
後はまぁ単純にアレですよね。興奮すると母国語になっちゃう、という人間のサガ(^-^;


「インナーチャイルド(Inner child)」とは…
心理療法、主に自己カウンセリングの手段の事で、
自分の中の傷ついている部分を「子どもの時の自分」として具体的にイメージし、
その子を癒そうとする事で自分の「心的外傷(トラウマ)」と向き合う方法の事をいう。
(以上、innerchild公式サイトより)

主人公ツバサの担当の精神科医は、
「あなた自身が、あなたを自身をけして見放さない最大の保護者だ と、
 あなたの[インナーチャイルド]に教えなさい」 …てな事を言います。

他者の助けを借りることはあっても、自分を癒せるのは、やはり自分自身。
私は自分を見捨ててないだろうか? 見放してないだろうか?
この身体とこの心とこの魂と、あと数十年付き合っていくのに! と動揺。


物語の根底にあるのは、親子の愛情。
ひいては「自分を取り巻く世界」にある、魂の繋がりを語ってくれます。
愛がすれ違っていたツバサの家族達。
ツバサは自らのインナーチャイルドと共に旅をし、
旅先で色々な人の生き様に触れ、ついに両親の思いを知り、
自らの心と、自らのつくった家族関係を修復します。

旅が続くにつれ、下を向いてばかりだったツバサが前をむいて歩くようになり、
道ゆく人に挨拶するようになっていくのが印象的でした。

そうそう、人は両親から「敬愛」を学ぶと聞いた事が有ります。
主に父性からは「敬」を。主に母性からは「愛」を。
父を知らないツバサには、尊敬できる父の姿がありませんでした。
だから、自分も父親になったけど、どうあるべきかをわからない。
そんなツバサをみていた息子シロウ。
シロウは物語の途中で、母に本音をこぼします。
「つらいのを隠して無理やり父親ぶるからムカツクんだ」と。

旅から戻ったツバサに、
「おじいちゃんとおばあちゃんの話を聞かせてやるよ。
 …いや、聞いてくれるか?」と、言われたシロウ。
子どもらしく「うん」と答えたシロウを見て良かったねぇ、と思いました。
そんでもって、満足そうに笑顔になるツバサにも良かったねぇ、と。
なんだか、自分のインナーチャイルドがツバサであるかのような気分でした。

ラストシーンの、
「ツバサの曼荼羅が、息子シロウの曼荼羅へ移っていき、
そこから曼荼羅がほぐれて登場人物個々の人生の続きになっていく」
という流れが、ひじょうに美しくて、泣けてきました。
見目かたちじゃなくて、
生の輝きとか、未来への展望とか、袖触合うも多生の縁とか、
そういった諸々の事が美しくて。

死んだ人の魂は、肉体が滅びると分解されて、様々な人に宿る。
生まれ変わる新たな肉体に。人生のうちで出会った他者に。
…素敵な解釈だと思いました。
自分は間違いなく「自分」であるけれど、同時に他者の魂も孕んでいて。
それじゃあ大事にしないとねぇ~ って気にもなりますよね。


メインはツバサなんですが、
旅先でツバサと関わりあう人たちもけっこういい味です。
誰もが主人公になる、という見せ方ではないのですが、愛すべき人生で。

二回目観劇で気にしてた人物は、インドのリクシャー運転手「ラジュ」。
(リクシャーは、三輪バイクみたいなもの。タクシーみたいな感覚?)
彼はツバサをインドの寺院へ乗せてってくれるのですが、
そこの寺院に居る女性「クリス」が好きみたいです。
偶然クリスと手と手が触れたシーンがあって、
その後こっそりクリスの手に触れた自分の手にチューしてた(笑
結局、ラジュの恋が実った描写は無かったのですが、
ラストシーンでは相変わらずアプローチに勤しんでる彼の姿を見る事ができました。


今回のオープニングも曲・映像共に好き。
テレビ番組で「神々の詩」っていうのがあったんですが、そんな感じです。
前回公演「(紙の上の)ユグドラシル」でもそうだったのですが、
innerchildのお芝居は作品全体が一つの生命体で、
役者達は臓器とか血液で、観客は細胞っぽいなぁ と思っています。


次回公演は2009年4月27日~5月3日。
『青ゐ鳥~ククリの空』 銀座・時事通信ホール(遠ッ!) とか。
再演らしいのですが、まいくろにとっては初めてです。

日程的にアンドレ春公演(やるのかどうか全く知りませんが)と被りそうな気配。
時間を出来るだけ割いて行ってみたいです。


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