落チ語リ『紫屋歌麿』ネタバレ雑感(1/3)

明日からは、夜行バスで関西遠征。
感想書き、間に合った。よかった。
まいくろです。


彩遊戯(いろどりゆうぎ)の落チ語リ
『紫屋歌麿 ~むらさきやうたまろ~』
新宿の「やまちゃん」公演を終えたところで、改めての感想です。

…てなことで、好きだったエピソードをガシガシ書いていたら、
物語全編を追うことになって、ものすごい長くなりました。

まとまった時間があるとき、
それこそ帰省時の新幹線の中などで読む分量になりにけり。

今回のきっかけになった音野くんはじめ、
私が好きになる役者さんは
「動いてこそ出てくる、人間味」とか
「変幻自在な引き出しの多さ」
「仮にミスったときも、
 世界を壊さないようにリカバリする力の高さと速さ」
「客席に伝わってくるまっすぐな生命力」
が魅力だったりするので、
ナマで観てきた実感を絡めてじゃないと表現しきれなくて、
それができるのは観た人だけなんだよなって。

この人たち、こんなに格好いいんだよーって、
好き勝手書いてたらこんなことになった…(笑


前回の時は物語の詳細を伏せてましたが、
こっちはバレバレのバレバレでいこうと思います。

浮世絵師「喜多川歌麿」と、
歌麿を江戸一番の絵師としてプロデュースした版元(はんもと)
「蔦屋重三郎」、あとはその周りの人々の話。

時代物だけど、フィクション多めで、
でも大筋では史実を無理矢理曲げてないのが好ましい。

*あくまでも、私の目を通して観た感想です*

↓ ネタバレ注意! 



まず、「動きすぎ」のことについて。

座布団に座って、お辞儀して。

「白河の 清き流れに魚棲まず 濁る田沼の 水ぞ恋しき」
派手で景気がよかったけど賄賂が横行した田沼意次の時代から
松平定信の質素倹約政策に切り替わった頃のお話なんだな、と。

「楽しかったなぁ、歌麿…」と懐かしげに語る男、
蔦屋重三郎(音野くん)の隣で、
彩子さんの目にだんだんと光が宿り、
彼の声を遠く聞くような歌麿の顔になって。
そこから急転「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」と、
浮世絵売りに変わります。

そこから、
質素倹約政策の見せしめとして弱らせられた版元
「耕書堂」の蔦屋重三郎が、
歌麿と組んで息を吹き返したって話をしている夫婦(@彩子さん)、
町の飲食店の看板娘を描いた浮世絵について語る
二人の男(@音野くん)の会話などで時代背景をこちらに伝え、
会場をにぎやかな江戸の町に変えていきます。

始まって数分で
彼らはすでに座布団のところ(高座)から消えています。
どこにいるかっていうと、その前の広くあいたスペース。
末広湯では長座布団くらいの大きさの木の台の上、
やまちゃんでは丸イスの上に立っています。
落語って座りっぱなしじゃないの? となりますが
これが演劇と落語のいいとこ取り、「落チ語リ」なんですね

町人の会話をする際、ちょこちょこと走り回って
一人は高座の後ろに隠れ、
もう一人が二役で会話をするのが可愛かったです。

A「浮世絵に描かれた美人が、
 俺の顔を見たらこっちに寄ってくるんだぜ~」
B「(おまえが頼んだ)お茶と煎餅持って、だろ?」
てな会話の、町人Aのニヤニヤ笑い…文字で表現できない(笑
このころ、歌麿は
「自分から会いに行ける、美人の町娘」を描いていたようです。


でも、御上から「女の名前を浮世絵に書いてはならぬ」という、
「候」のゲシュタルト崩壊を起こしそうなお達しがでて。
もともと質素倹約政策への反抗心から、
「地味に見えて、よく見るとキラキラ」な
「キラ刷り」手法を使っていた歌麿。
今度は名前をダイレクトに書かず、
判じ絵(イラストなぞなぞ的なもの)で
モデルの名前を書くことにしました。


重三郎のことを「じゅうざ」と呼び、
浮世絵を片手に飛び込んでくる歌麿の可愛いこと可愛いこと!
それをちょっと余裕気味に迎えつつ内心のわくわくが見える
いたずら小僧おじさん、重三郎の笑顔も私の好きな顔。

そしてここで新キャラが登場します。
最近大阪から江戸にやってきた青年、十返舎一九(@音野くん)。
彼は大阪で戯作者として身を立てていましたが、
すべてを捨てて江戸にきて、重三郎のもとにいます。

気が弱そうに肩を小さくして、
下向き加減にしている一九を紹介された歌麿は、
作品が完成したことで産みの苦しみから解放された勢いで
「御上に対して万年反抗期! 
 江戸一番の浮世絵師、喜多川歌麿だいっ(*・∀<)ノ☆」
みたいな感じに、てへぺろ☆な自己紹介をしまして。

…一九が絶句します(笑

まぁ、彼が絶句したのは
「てへぺろ☆」がイタかったからじゃなく、
歌麿だ、と紹介された絵師が女性だったからなんですけども。
(あとで「自分で(一番とか)言うか、と思いましたが…」と
 ぽろっと無自覚に口に出しちゃう一九。…天然?)
ここで冷静になって顔を隠しちゃう歌麿は
完全にふつうの女の子です(笑


そうそう、この『紫屋歌麿』の歌麿は
女の子っていう設定なのです。
でも、少年といってもいいような喋り方で、
どうやら服も男物を着ているようです
(一人称は「あたし」なので、
 男になりきってるわけでもないのかな)

吉原に姉とともに売られたものの、
絵の才能を見いだされて
遊郭勤めから絵描きに転身したという過去があります。
歌麿は重三郎のもとで枕絵(春画)も描いてるんですが、
そうか、幼い頃から見聞きしてる世界だったから
描けたのかもなぁ…ということで、
女の子設定も、ストンとはまりました。


作品完成の打ち上げと、一九の歓迎会を兼ねて、
馴染みの遊女がいる「千鳥屋」で飲もうという話に。
ここで登場する「紫(@彩子さん)」という遊女が、
この『紫屋歌麿』のキーパーソンです。
役者2人で、4人の人物が同席する飲み会を演じてるところが、
まいくろの好きなシーンのひとつ。

「一九が絶句」をまだひっぱって歌麿をからかう重三郎。
「紫はおとなしそうにしてるけど実は…」と
暴露しようとする歌麿を死角からツネる紫。

「歌麿の座を脅かそうとしている大阪からの刺客」という
重三郎の冗談を真に受けて一九の襟元をしめあげる歌麿。
特に、重三郎の冗談を聞きながら
どんどんと表情が変わっていく歌麿が面白ポイント。
片頬だけぴくっとしたり、「あぁん?」と下からねめあげたり。
感情の積もりゆく表現が実に細かいのです。

一九は「助けてください~!」って紫に言うけど、
紫は「あらあら」と、止めそうで止めなくて、
締め上げつづけながら歌麿が
「立場上止めるフリをしてるけど、
 こういう騒ぎは、この人のの大好物だ!」と言い切っちゃう(笑
重三郎も「この程度で刈られる青田なら要らん」と傍観(笑
初見で、馴染みの遊女ってだけにしては、
表情や関係がだいぶくだけてるなぁ…と思っていたら、
なんと彼女、物語後半で歌麿の姉だったことが判明。

かなりハイペースで進むこのやりとりですが、
彩子さんも音野くんもペロペロっと人物を切り替えるわけです。
ここは二人とも高座ですが(腰を上げるくらいはするけど)、
観ていて、映像的な視点の切り替えを感じられます。
締め上げる側と締め上げられる側のタイミングも
ぴったりなんだな、これが(笑


で、若いものがスヤスヤと眠ってしまったのを眺めながら
重三郎が紫にふと本音をこぼすシーンも、
引き続き私の好きなところ。
…俺が歌麿に無理矢理描かせてるんじゃないだろうか。
…いまの歌麿の絵は、コイツが描きたい絵なんだろうか。
そんな彼の心配を
「好きじゃなきゃ、あんな絵は描けませんよ」と、
スパンと言い切る紫さんの、頼り甲斐ある発言。

ここは、珍しくお互いの顔を見て話してた気がします。
たしか前回の投稿記事で
「向かい合いは(芝居が)小さくなる」てな事を書きましたが、
ここは重三郎の隠してた本心が見えるシーンだから、
視線の距離を近くしているのかなぁと思ったり。

ここで「いのちの使い道」って言葉が出てくるんです。
仕事をすることは、己のいのちの使い道を決めること。
「版元」として使うこと、「絵師」として使うこと。
あなた方はもはや「版元」と「絵師」という生き物です…と
重三郎と歌麿について語り、
自分は就いている職であるところの「遊女」として
いのちを使いきれてない…と。
紫も絵を描くそうですが、それは彼女にとって
「あまぁい、誘惑」だからこれ以上語らせないでほしい、と。

(特に女性は)自分で仕事を選べない時代、
好きなことを仕事にできた人って、どれだけいたんだろう。
いや、今だってそうだよな…
好きを仕事にして、それに全力をそそげる歌麿と重三郎は、
紫にはすごくまぶしく映っているんだろうな。

歌麿も紫も女性で、同じ人が演じているけど声の出し方から
目線の置き方、全く違います。
まっすぐで燃えるような強さと同時に、危うさを感じさせる歌麿。
それに対して、
儚くもけして他のものから汚されることのない
清廉な強さを感じさせる紫さんです。


(次回に続く)
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