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『1812』 役別雑感

先週末の観劇ツアー中の大阪にまで
ポメラ(←小さいワープロみたいなもの)を持っていって
打ち込んでたにもかかわらず書き上げられなかったという。
思い入れが強すぎて、また長くなる。
まいくろです。


5月24・25日に観たロデオ★座★ヘヴン『1812』の役別雑感。

今年、けっこう感想かけてない芝居多いんだよな…
でも「金返せ!」な感想の芝居には当たってません(笑



↓ ネタバレ注意!



>ロワーノ@中山夢歩さん
バクラ国先住民マーラ人解放のために
最後まで抵抗をつづけたテロ集団のトップ。
彼自身、マーラ王朝の末裔でもあります。

学生時代の彼とガランの会話を聞いていて、
「わかりあえるわけがない」という気持ちこそが
終わらない紛争を生むんじゃないか…って思いました。
もう一歩「わかりあえるわけがないから、どう共存するか」に
思考を進めればもしかしたら…とも思うんですけど、
なんかそれを口に出すのをはばかられるような
ロワーノの姿に見る圧倒的な「抵抗への疲労感・徒労感」がね。

だからこそ、彼が官邸を爆破するなどという
抵抗の最先端に立っていることに
途中から「どうしたロワーノ?」ってなるのですが。
その違和感がラストのあれに繋がっていたのでしょうか。
でも、作中彼は嘘は一切言ってない気がするんですよね。
心中は明かしてないけど、嘘は言ってない。

最後の銃撃戦も、命を捨ててるわけじゃないけど
生きることに執着してないというか…なんていうのかなぁ。
マーラ遺跡の紋章がロワーノの背中に羽を生やすのは
狙った効果なんでしょうけども、なんとなく堕天使っぽいですね。

そんな彼を守って
理想と夢を抱えて死んでいく若い子達の屍に囲まれて
笑う彼を見てて胸が苦しかったです。
仲間を、同族思う気持ち、捨ててるわけじゃない。
「こんな事をしたのに(…いや、こんな事をしたから?)、
 俺は死ぬことも許されないんだな」みたいな。
あの後、ロワーノは生きていけたのかなぁ。
(生命の維持という意味じゃなくて…
 でも涙が出るなら「生きて」いけるはず)

今回の中山さんの演じたロワーノに関しては
「どう言葉をかければいいんだろうか」
という気持ちでいっぱいです。
切ない、とかつらい、とか
そんな単純な言葉で彼の人生を片付けるのは忍びない。



>スム@森尾繁弘さん
官邸爆破グループの一員。
戦闘慣れしてるし、
ロワーノが指示する前に
彼の狙い通りの行動をしてくれる頼りになる人。

ロワーノより歳は上だけど、
彼のカリスマ性を立てて、あえて支える立場を選んでいます。
それでも、ロワーノの心の奥は読みきれなかった。
「ロワーノはお前を生かすことを選んだ、
 だから俺もそうする」っていう言葉に、
冷静な中にある、熱い心(そしてかすかな盲信)を感じました。

死に際に片目を撃たれるのも、
見極められなかった事への運命の皮肉だったのかも。
…なんてのはだいぶ考え過ぎですね。
目を撃たれてから倒れるまで、
ちゃんとずっと片目潰してました。
純粋に見た目だけで誰が好きかって言われたら
今回は間違いなくスムさん。
撮るなって怒られても写真撮っちゃう!(笑

渉さんが客演してた十七戦地『眠る羊』では
公設秘書の役でしたが、
ビジュアル的に服装くらいしか変わってないような気が。
でも話し方や眼つきなどぐぐっとワイルドになっております。
ボディチェックの手際の良さがね。ヤバい隙がない。本職!?

ポウが死んだ後、彼が握りしめてた銃をはずして
「1812」のレンガを持たせて胸に当てさせてました。
武器は貴重だからねっていう現実的な理由もあるし、
もうお前は戦わなくていいんだよって意思もあるかな。

あそこで銃をはずすだけで用は足りるのに、
レンガを代わりに握らせるというところに
散った同志への敬意とか
常に心は共にある的な仲間意識とかを感じます。


オープニングとエンディングでは教授役。
早着替えすっご! ビジュアルカッコイイ! とか思いつつ、
見てたら大学生「深津」くんを
「ミスターサタン」とか
「もじゃお」呼ばわりするおちゃめ教授で
やだもう、まいくろこの人の講義受けたいんですけど!(笑

バクラ国について知りたいっていう学生の言葉とか
熱心に議論をかわす(言葉はくだけていても)のを見ていたときの
彼の笑顔が好きでした。

教授ってのは厳密には教師ではないんですよね。
だから、講義ってのも勉強を教えてるわけじゃないんです。
自分と同じジャンルに興味持ってくれる人が生まれる様が
とっても嬉しいんだろうなーって感じの笑顔でした。



>ヤンヌーク@杉山圭一さん
官邸爆破グループの一員。
別作戦を遂行した後に、
地下道で待つロワーノの部隊と合流する予定でしたが、
別作戦が失敗し、その隙をリコルにつかれて人質に。
手当てを拒否する際のガルガル感は野生動物のようでした。
でも彼はもちろん動物じゃなく人間。
リコルとの関わりで
態度は軟化しないけど
心の壁が薄くなっていく様子が見て取れます。
受けた恩義はちゃんと報告するところ、
ちゃんと一本筋が通ってる。

ロデオ旗揚げ公演から観てるので、
3作品めの杉山さんになります。
ギラッギラの眼力はそのままですが、
今までにないなんとも純真なまなざしが印象的でした。
水筒のエピソードでは、
目の前にはいないけど
ずっと先にいるロワーノを見つめている表情が
もう身も心も捧げます的な勢いでキラキラしてて。

旗揚げの『セレンディピティ』では
赤い糸のくだりで激しさもあったのですが、
ここまで子供じゃなかったよなぁ。
しかもそのあとの『マリー・ボドニック』で
「頭いい狡猾な悪人」のイメージががっつり定着(笑)してたので
今回の純真さはめちゃくちゃ新鮮でした。


小休止での干し肉の素材「ヌヌーン」の正体が
日替わり…というか何パターンかあったようです。
私が聞いたのは「干からびたイグワナ(←台本の表記を尊重)」と、
「ラクダの膀胱」でした。
(どうやら初日もラクダの膀胱だったらしい)
リコルに聞き返されてから、ゆっくり言うシーンで
ラクダの顔真似してたのを観て
「杉山さんってこういう方向の演技もする人なんだ!」って。
イグワナも顔真似してたんだろうか…。


大学のシーンではメガネっ子。
「杉山」くんは「荻窪」さんにぞっこんなのかしら。
荻窪さんを見て(「かわいいなぁ」とか言ってた?)るところに
音野くんと深津くんに「かわいくねーし!」ってつっこまれてたり、
なんかあの二人仲良くしてたなぁ(*´∀`)



>カフカサリ@深津裕則さん
官邸爆破グループの一員。

1984年革命に参加できるものならしたかった、という発言から
彼はこのグループで一番若いんだろうなー、と推測。
頭ぽむっとされたり暴走しがちだったり、
若さと熱さを自身でも持て余している印象があります。
白か黒かしかない、はっきりとしたわかりやすい思考。
でも周りが見えてないわけじゃなく、
ポウの死に真っ先に気づいています。

両親もテロリストとして活動してたのかなぁ。
正確には明言されてませんが、
民族紛争要因で亡くなっている様子。
彼の行動には、常に怒りが付きまとっているように見えました。
世間への怒り、自分への怒り。
だから、ロワーノに
「お前が守ってくれるんだろう?」と言われた時の
誇らしげな眼が印象に残ります。

両親について
「淘汰された」と(イメージのガランに)言われ憤慨します。
そういえば自分も、別作品の登場人物に関してこの表現使ったなぁ。
はたから聞くと、
ほんとひどい言い方に聞こえるなぁ、「淘汰」。


作中にカフカを始めとしたマーラ人たちが
「マーラ人の子供はマーラ人だ!」
という言葉を口々に叫ぶシーンがあるのです。
私はそこに、マーラ人の誇り高さと、
その反面の閉鎖的&攻撃的な観念を読み取り
「なにもそこまでガルガルして拒絶しなくても…」と思いました。
後日になって、あれは、
侵略した側のソタ人による
迫害の言葉でもあった、と知りまして。
私が感じた攻撃的な雰囲気は
ソタ人が発したものも含まれていたのかな、と。
一面だけを「知ったつもり」になっていた自身を反省しました。



>ポウ@保坂聡さん
官邸爆破グループの一員。
ぽやんとした喋り方、限りなくマイペースな発言から
「まっとうな教育を受けられなかったのでは?」
という印象を受けました。
紛争や迫害で学校に行けなかったのかなぁ、と。
全体的に、官邸爆破グループの面々は
ロワーノとスム以外の人間は若手(ギリ20代)っぽいです。

初回観劇は展開に追われて人間まで見る余裕がなくて、
二回目の観劇でやっとこさ彼に目を向けたのですが
途中から同行するシスターへの、
まるで母親に対する思慕のような感情がちらちら見えてね。
涙がぶわぶわ出てきました。
シスターがクロスを握りしめると、一緒になって掲げてるんです。
たとえ傷ついて意識が朦朧としていても、それは忘れない。

シスターをかばって銃弾を受けたポウ。
彼は作戦半ばで死んでしまうのですが、
シスターの「決意」の話は、最期まで聞いていました。
クロスを握って、そのあと抱きしめて。
でも、最終的に彼はクロスではなく銃を握りしめて逝きます。
戦いを選ぶ彼は戦士としては頼もしいけれど、
彼にそうさせる現実を思うと悲しい。

そういえば「イメージとしてのガラン」って
彼の前に出てきてましたっけ…?
なんか、ポウが戦いを選んだ理由は
民族意識とか現状への怒りじゃなくて、
身近な人を守りたい、みたいな印象を受けました。
あ、でも「こいつソタ人の味方してるぜ」発言があったので、
民族意識ゼロってこともないんでしょうけども。



>シスター@荻窪えきさん
移民してきた側のソタ人なのですが、
先住民マーラ人たちを迫害するのを黙認している現状に
疑問を抱いています。
マーラ人もソタ人も平等に神の子だという認識の人。

「革命は、ただ生きているだけの命よりも重い」てな
ロワーノの考え方に賛同しています。
多くの命が失われることに対して思うことはあるけど、
その先があるなら、と。

「愛」についての話をする彼女を見ていて、
銃を持って生きるか死ぬかの話をしているこの現場で
「甘いなぁ」って思ってたんです。
でも、彼女は紛争の、革命のその先を見ていたんですね。

「自ら望んで、ソタ人とマーラ人の間の子供を産みたい」という
彼女の言うその「革命」は、女性にしかできないものです。
男がいないと子供はできないんですけど、
実際に十月十日子供をおなかに抱えるのは女性ですから。

彼女が「ロワーノの視界の中に存在すること」自体が、
彼女にとっての信念で、
意味があることだったのだと思いました。
ロデオ外の、別の舞台作品の言葉を借りて恐縮ですが
彼女を見て
「女にも、大義はあります」っていうセリフが思い浮かびました。

殺伐とした中でも、笑顔になれる時を見つけて笑顔になる彼女。
修羅場中での
「あ、どーも戦場カメラマンっす」
「まぁ、よろしくおねがいします」とでも言ってるような挨拶や、
彼の突撃取材(?)に
根負けしたかのように苦笑してる様もかわいいです。

彼女の死体。
ロワーノ達は彼女の尊厳を尊重してちゃんと眠らせてるのに、
政府軍が彼女の体を蜂の巣にしちゃうのがね。
こういうの、なんて言えばいいのかな。言葉にならないな…。




>ガラン@濱仲太さん
ロワーノとともに1984年革命を起こし、
バクラ国総統を経て、首相になった男。
かつて総統補佐としてロワーノも政府にいましたが、
革命から6年後に袂を分かっています。

作中では、実在のガラン本人として登場したり、
かつて84年革命でともに戦ったマーラ人の心にうかぶ
「裏切り者・攻撃の対象」のイメージとして登場したり、
あるいはロワーノの思い出映像だったり。
目の前にいる「彼」がどれに当たるかを考えていると、
どんどん置いていかれます(笑

ガランはとにかく「統一」への信念がブレないんです。
なんていうのかな、大局最優先とでも言えばいいのか。
ロワーノが知る限りでも20年、ずっと同じ主張。
屈託なく、純粋に、統一はできるって信じています。
もちろん、そこに犠牲がでるのも分かってる。
だからこそ彼は、今までも、きっとこれからも絶対にブレない。
今回の茶番は、
こんな彼を見続けてきたロワーノの発案なんだろうか。
涙を見せないガランの分も、
傍にいるロワーノが泣いてるように見えますね…。

作中においてガランはだいたい
「見ようによっていろんな表情に見える笑顔」
を浮かべています。
(こういう表情を目の前で観た役者は、今年2人目!)
舞台奥につるしてあるバクラ国の地図。
あれが赤く染まっていく前での、ガランのこの笑みが印象的。
一度目に見たときは「悪い男の笑みだなぁ」と思ったのですが、
二回目観劇では印象が激変しました。
すべてを知った上でそこに立ち続けるというのは、いかほどか。

濱仲さんはソラトビヨリSt.の公演で何度か拝見。
一番最初に観た『マイセブン』の
七重人格者ナガトオサム役が鮮烈で、好きな役者さんの一人。
昨年末の『勝式幕孝談』での音野くんとの共演を経て、
ロデオ本公演に出演したのが何よりうれしい(*´∀`)




>ギイ@音野暁くん
ロワーノ達と同行する戦場カメラマン。
飄々としてるけど、
彼自身ははっきりとテロには「NO」の意思があるようです。
一人の時に見せる顔とか、水を断るときとか。
干し肉ヌヌーンを食べたのも
長く同行してたんだろうにあの時が初めてだったっぽいなぁ。

カメラマンは撮影に私情ははさみません。
でも同志ではないから、ロワーノ達の手助けしません。
(さすがに命がかかってるから、壁扉閉じるのは手伝ってたけど)
そして同時に、守られる保証もどこにもありません。
ロワーノが彼を生かすのは、記録者が必要だから。

ギイはどんな修羅場でも「死んでもいい」とは絶対思いません。
今まで一緒にいた人が無残に死んでも、
冷静に第三者視点をたもって撮影しなくちゃならない。
そう考えると、戦場カメラマンって大変。

リコルが撃たれて死んだ(と思った)時も、
冷静に撮りながら
人間として心配している一面も見せています。
カメラ越しに撮影しようとするカメラマンとしての矜持と、
カメラをはずして
自分の目で見極めたい気持ちがせめぎ合う様子が
時折見られました。

ガランとロワーノの抱擁だって、
物陰からはっきり撮るという選択肢だってありました。
だけどそんな冷静でいられるわけがない。
そういう人間味が
カメラマンには絶対必要な要素だと思います。
カメラは道具で武器で、彼の生きた証そのもので。

リコルに
「絶対に生き延びるんだ」というシーンの熱さが好きです。
二人で生き延びるなんて甘い奇跡はそうそう起きない、
だからお前が死んだら俺が、俺が死んだらお前が。


「フィルムがなくなるまでお付き合いしますよ」発言通り、
命尽きると同時に最後の一枚を撮った彼の執念にゾワゾワ。
台本だと、撮った後に撃たれてるって事になってるんですが、
上演バージョンの方が好き。
死ぬときの姿が観たくって、2度目は迷わず上手にスタンバイ。
(↑ この文だけ見ると、完全に異常者…)

彼が地下通路でガランをうっすら見たのは、
「計画」を感じ取った、彼の勘みたいなものだったのかなあ。


大学生「音野」くん。
思いのほか、違和感はありません(←!)
バクラ国の知識のみを聞きかじってた彼が
オープニングで見たのは、ロワーノとガランの対決する姿。
講義後の彼が
卒論のテーマをあの写真から引っ張って、
真実を感じ取ったのを目にして、
ギイの人生とリコルの決断が報われたな、よかったなって。
同じ役者がやってるからって意味じゃなく、
ギイの始まりも彼と似たような感じだったんだろうなって。


ギイは、リコルの母親の知人だそうで。
(カメラマンになる前から知り合いだったのか、
 なったあとに知り合ったのかも気になる)
そういえば『マリー・ボドニック』でも、
渉さんがやった役の父親の、自称友人でしたよね。
二人がそういう関係性を演じるのが似合うだけに、
実年齢を知ってる自分は
なんとなくニヤついてしまいます。
今回の音野くん、学生役もやってただけにね。
修羅場経験値高いおっさんと、投げやり大学生。
あんなにサラッと雰囲気変えられるのを目にすると
つくづく役者って恐ろしいですよね。

特にこの人は、昨年から好感度あがりっぱなしなので
6月(もう来週!)と8月の客演もあるし
9月の次回本公演の前にさらにかまされるのかと思うと…(笑
やばい、メーター止まる気がしない。



>リコル@澤口渉さん
医者であり、実は国連の特使。
『マリー・ボドニック』みたいに、
観客の目線に近い人なのかなと思いきや、
彼自身にも「手紙」という割と重大な秘密要素(?)が。
このあたりで、
初見まいくろはどこに自分の目を置こうか悩みだしました(笑

ロワーノの「カメラを撃ったんだ」発言から受けたものは、
ギイは人間ではなくて、
あくまでも自分たちの革命を撮ってたカメラでしかない、という
ギイの人権認めてない的なニュアンスと、
撮った彼自身が現像して公開しなければ
写真は正確な意味を持って存在できない…のニュアンス。
正確にロワーノの言葉の意味を文字にはできないんですけど、
リコルがブチッとくるのも無理ないってのだけは伝わります。

作中で何度も何度も感情的に憤るリコルですが、
騒動の後にガランと対峙するシーンのあたりが
一番静かに、そして一番深く怒ってます。

ロワーノが、
カメラマンのギイの心臓はためらいなく撃ち抜いたのに
彼の遺品のカメラを持つリコルを撃てなかったのは、
リコルの目に宿ったものと、
その後ろに流れるうねりを感じたのと同時に
リコルがマーラの血をひく人間だったからかなぁって思いました。
(それも混血で「1984年革命」を経験していないという
 次の世代に繋がるマーラ人だった)
マーラ人の手によって弾劾してほしいというか、
両側から見た「真実」を世界に残しておきたかったというか。
たしかに、ロワーノは結果的に同志や同族を殺したけど、
彼自身は作中では直接的に手を下してないんですね。


彼がUPしたと思われる写真、
元データは政府によってすぐ消されたけど、
人々にコピーされて生き延びた…みたいな展開を希望。
個人的な気持ちでは、
リコルには生きててほしい。
そんで大学生の「音野」くんと出会ってほしい。

今回の渉さんの目、めちゃくちゃよかったなぁ。
例のシーンで「1812」が流れはじめたとき、
最初自分の幻聴かと思いましたもんね…。

眉間にしわを寄せたまま笑うのを真似してみたり、
ロデオカフェのカップを静かに主張してみたり、
リコルも結構さりげなく笑わせる仕草をしていましたねぇ。
終演後にTwitterにアップされた、
育ち良さそうにちょこんと座ってる、
全員集合写真のリコルがとても可愛い。




「紛争」という重いテーマを扱いつつも、
まじめ一辺倒でなく、そしてなるべく中立的に描くべく
公演期間ギリギリまで
キャスト・脚本家ともに練り込んだという『1812』。

どこの劇団もきっとそうなのでしょうけど、
特にロデオ★座★ヘヴンは「演劇でできること」を常に模索し、
公演を重ねるたびにその道を増やしているように思います。
東京の劇団で、今のところイチオシ。

これからもいろんな色の公演をたくさんやって欲しいし、
そこからいろいろな人と出会ってほしいし、
それを観続けていきたいと思う場所です。

ブログに感想を残すのは、
真っ先には「いつか忘れていってしまう自分」のため。
でも同時に、観た人と感覚を共有したい為でもあり、
泣く泣く観れなかった人に紹介する為でもあり。
そしてさらに、好きな人達の存在を残しておきたいっていう理由も。

好きな劇団や役者さんが公演で見せてくれたものに対して私ができるのは、
観たものと、その時の気持ちを書くことだけです。
こうやって時間はかかったけど少しでも文字にして残して、
とにかく誰かの目に触れさせることが精一杯。

ギイが最期に撮った写真のように、
誰かの「0」を、「1」にしたいのです。
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(画像は7年前に描いたものです)


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